すべてがFになる (講談社文庫)

すべてがFになる (講談社文庫)

すべてがFになる (講談社文庫)

十一歳にして博士号を取得した天才少女だった真賀田四季は、十四歳の時、両親を殺害したとして逮捕された。そして裁判では心神喪失状態を理由に無罪になり、それからずっと、孤島の研究所の一室に隔離され研究を続けている。それから十五年後、大学の助教授である犀川は、名門西乃園家の娘・萌絵と共に、その研究所を訪れる。しかし真賀田四季の部屋から彼らを迎えに出てきたのは、ウェディングドレスをまとい、そして両手両足を切断された女性の死体だった――


最近好きになった作家の一人に西尾維新がいます。そのつながりで軽く国産ミステリに手を出してみようかと思います。この本の作者・森博嗣は第1回メフィスト賞受賞者。第23回の受賞者である西尾維新の大先輩になります。
森博嗣は実際に現役の大学助教授でもあり、作品にもそれがうかがえます。

「僕ら研究者は、何も生産していない、無責任さだけが取り柄だからね。でも、百年、二百年さきのことを考えられるのは、僕らだけなんだよ」

結構色々と言いたい放題です。ただ、犀川の口から何度か出てくる思想は、わざわざ勿体ぶって言うほど珍しくはないと思うんですが、こう感じてしまうのも時代の差でしょうか。
しかし萌絵というすごい名前で超資産家(焼きそばを食べたことがない)、また超天才研究者や孤島の最先端研究所などの設定は、西尾維新の『クビキリサイクル』『サイコロジカル』辺りと並べても全く違和感がありませんね。ここまでライトノベル的とは思いませんでした。残念ながら犀川、萌絵などのメインキャラクターがあまり好きになれませんが。

ただ、ライトノベルではなくミステリとしてこの作品は一流です。トリックがかなり奇想天外かつ論理的で素晴らしい。発行当時はもっと衝撃的だったと思いますが、今でも十分に楽しめます。タイトルも良いですね。お勧めです。


満足度:A−